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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)4799号 判決 1986年7月17日

原告

佐藤忍

被告

高橋惇雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し五一六万三一五〇円及びこれに対する昭和五九年八月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和五九年八月一四日午前九時三〇分ころ、岩手県一関市厳美町須川岩一番地先の道路を自動二輪車(栃む四六五〇、以下「原告車」という。)を運転して須川温泉に向つて走行中、対向進行してきた被告運転の普通乗用自動車(岩五六の三〇九九、以下「被告車」という。)と衝突し、右大腿骨骨折等の傷害を負つた。

2  原告は、原告車を時速約三〇キロメートルで運転し、衝突地点手前約二〇メートルの地点にさしかかつた際、前方カーブミラーに道路中央付近を原告車と同程度の速度で対向走行してくる被告車が映つているのを発見したので、時速約二五キロメートルに減速しながら約一〇メートル進行したところ、道路中央よりやや原告車の走行車線側を時速約三〇キロメートルの速度で対向進行してくる被告車を発見したので、衝突を避けるべくとつさにハンドルを右にきると同時に急ブレーキをかけたが、スリツプして対向車線に飛び出し、被告車も原告車を発見して直ちに自車線に戻つたため、原告車と被告車が衝突したものである。

右のように、本件事故は、被告が自車線を走行せず、前方の安全を確認しないまま対向車線にはみ出して走行したために発生したものであり、被告の過失によるものであることが明らかであるから、被告は、民法七〇九条により原告が被つた損害を賠償する義務があるというべきである。

3  原告が本件事故により被つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費、付添費 六六万九七九〇円

原告は、本件事故による負傷の治療のため、昭和五九年八月一四日から同年一〇月五日まで三神病院に、同月九日から同年一一月一二日まで小山市民病院にそれぞれ入院し、その後同年一一月一二日から昭和六〇年二月一四日まで広瀬接骨院に通院したが、その間の治療費として一四万二二八〇円、付添費として五二万七五一〇円を要した。

(二) 医療用具費 二万九〇〇〇円

(三) 入院雑費 一五万円

(四) 交通費 三〇万五二〇〇円

(五) 将来の治療費 五九万二六四〇円

(六) 休業損害、逸失利益 五九万二六四〇円

原告は、昭和五九年四月全薬工業株式会社に入社し、月額一一万三六〇〇円の収入を得ていたものであるが、入社後六か月をもつて正社員として採用されるとの会社の方針であり、本件事故当時未だ六か月を経過していなかつたことから、会社より、事故後一か月で復職できない場合には自主退職せよとの勧告があり、昭和五九年九月一四日やむなく退職した。

その後原告は、昭和六〇年一月二一日富士通株式会社に就職したが、その間の休業損害及び逸失利益は次のとおりとなる。

三四万〇八〇〇円(過去三か月の給与)-七七四〇円(所得税)÷九〇日×一六〇日(休業日数)=五九万二六四〇円

(七) 慰藉料 二〇〇万円

(八) 物的損害 四二万四六四〇円

(九) 弁護士費用 四〇万円

4  よつて、原告は、被告に対し、合計五一六万三一五〇円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五九年八月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の前段の事実は否認し、後段の主張は争う。

被告は、被告車に家族六人を乗せて、須川温泉方面から厳美町方面へ向つて時速約一〇キロメートルの速度で道路左側を走行していたところ、突然厳美町方面から原告車が被告車の進路に飛び込んでくるのを認めたので、危険を感じた被告が直ちに被告車を停止させたが、原告車がスリツプするとともに、原告自身は二輪車から離れて空中を飛び、停止している被告車前部に衝突し、道路右側に転倒したものである。したがつて、本件事故は、原告の一方的過失によつて発生したものといわざるをえない。

3  同3の原告の治療経過は不知、損害額は争う。

4  同4の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  原告は、昭和五九年八月一四日午前九時三〇分ころ、岩手県一関市厳美町須川岳一番地先の道路を原告車を運転して須川温泉に向つて走行中、対向進行してきた被告運転の被告車と衝突し、右大腿骨骨折等の傷害を負つたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の損害賠償責任の有無について判断する。

1  成立に争いない乙第一ないし第四号証の記載及び証人斎藤篤也の証言並びに原、被告各本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、岩手県一関市厳美町の須川温泉方面から厳美町方面に通ずる国道三四二号の須川岳一番地付近の道路上であるが、右道路は幅員約六・五メートルの中央線のない平坦なアスフアルト舗装道で、最高速度は時速三〇キロメートルに制限されていた。そして、右事故現場付近の通路は、須川温泉方面から相当急な上り坂となつているうえ、かなり急に右にカーブしているため、須川温泉、厳美町両方面からの見通しは極めて悪く、カーブの頂点付近にカーブミラーが一基設置されていた。

(二)  原告は、昭和五九年八月一二日、栃木県小山市から友人の斎藤篤也とともに東北旅行に発ち、同夜は福島市郊外で、翌一三日は岩手県の一関市の厳美町の親威の家にそれぞれ宿泊し、一四日朝八時ころ二台の自動二輪車に分乗し、原告が先行して須川温泉方面に向けて時速約三〇キロメートルで走行してきたのであるが、事故現場手前から急な左カーブの下り坂になつて前方の見通しが悪かつたものの、カーブの頂点付近にカーブミラーが設置されていたため、事故現場手前約二〇メートルの地点でカーブミラーに対向して走行してくる被告車を認めた。しかし、原告としては、カーブミラーでは被告車の正確な位置がわからなかつたため、やや減速しながら走行したところ、被告車が目前に迫つてくるのを現認したため、ブレーキをかけるとともにハンドルを切つて衝突を避けようとしたが、原告車がスリツプしてコントロールを失い横滑りするとともに、下り坂で急ブレーキをかけたため原告の体は浮きあがつて原告車から離れ、空中を飛ぶようにして被告車の前部に激突し、道路上に転倒した。

(三)  他方、被告は、前夜宿泊した須川温泉から盛岡市内の自宅に帰るため、被告車に家族六人を乗せ、須川温泉から厳美町方面に向けて走行してきたのであるが、事故現場手前から急な右カーブの上り坂になつていて前方の見通しが悪いうえ、進行道路左側が急な崖となつていて運転を誤れば崖下に転落する危険もあつたため、時速約一〇キロメートルで道路左側のやや中央寄りの付近を走行してきた。そして、被告は、事故現場手前数メートルの地点にさしかかつた際、前方約一九メートルの地点から道路中央付近を対向して走行してくる原告車を現認したので危険を感じ、ブレーキをかけて道路左側に停車したが、原告車が急ブレーキをかけたため、原告の体が浮きあがつて原告車から離れ、空中を飛ぶようにして被告車の前部に激突し、道路上に転倒した。

以上の事実を認めることができる。原告は、右の点につき、被告は衝突前道路中央よりやや原告走行車線側を約三〇キロメートルの速度で進行してきたのであるが、原告車を発見して直ちに自車線に戻つたものであり、このことによつて本件事故が発生したものである旨主張し、甲第一号証、証人斎藤篤也及び原告本人の各供述には、右主張にそう供述記載が窺われるが、右供述記載は、乙第一、二号証の記載や被告本人の供述(特に実況見分調書の立会人斎藤篤也及び被告の指示説明)に対比してたやすく措信し難く、他に原告の右主張を裏付けるに足りる証拠はない。他に、前記(一)ないし(三)の認定を覆えしあるいはこれを左右するに足りる確かな証拠は存在しない。

2  前記認定の事実によれば、原告は、原告車を運転中見通しの悪い左急カーブの下り坂にさしかかつた直前カーブミラーで対向車を認めたにもかかわらず、特に徐行するなどの措置をとらず、しかも被告車を発見して急ブレーキをかけたため、スリツプしてバランスを失い、原告自身原告車から離れ空中を飛ぶようにして被告車の車線上に停止していた被告車に激突したものであるから、原告には他の車両の安全に対する注意を欠き、その結果運転操作を誤つて本件事故を発生させるに至つた重大な過失があるというべく、しかも被告の事故前の被告車の走行状況については格別法令に違反する点は認められず、被告にとつては原告車との衝突を回避することはできなかつたというほかないから、被告に被告車運転上の過失があるとは認め難い。

してみると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、排斥を免れない。

三  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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